野菜・果物の健康維持機能に関する研究動向
5. 果物の機能性に関する研究動向
- a.発がん抑制効果の高い果実成分
- 果実は二次代謝成分の宝庫で、非栄養性機能性物質として人の健康維持増進に役立つポリフェノール類、フラボノイド類、カロテノイド類、クマリン・フロクマリン類、テルペン類、アクリドン類など多様な化合物を含んでいます。これらの中には、発がん抑制作用が認められる成分も数多くあります。動物の化学発がんモデルを利用した十分な研究成果が蓄積している成分も多く、また作用機序を分子生物学的に確認した研究もなされています。現段階では臨床ヒト介入研究まで進んだ例はなく、人でどのような作用が出るかは不明ですが、がんの化学予防へつながる成分になるかもしれません、ここでは近年、特に我が国で動物実験レベルのデータが蓄積したカンキツ由来成分のβ-クリプトキサンチン(β-CRP)、ノビレチン(NOB)、オーラプテン(AUR)と外国で研究が進んでいるブドウのリスベラロール(RES)について紹介します。
- b.果実由来の発がん抑制成分の作用機構
- ある種の化学物質(発がん物質)で人為的にがんを発生させる事ができます。これを化学発がんといいますが、正常細胞が化学物質により不可逆的に障害を受け、潜在的な腫瘍細胞に変化するイニシエーション段階と、潜在的腫瘍細胞が増殖し最終的に、がんとなるプロモーション段階からなる、化学発がん二段階仮説が考えられました。発がんのプロモーション作用だけでは発がん作用がありません。
- c.骨の健康とカンキツ
- 近年、果物の摂取が健康な骨の形成・維持に重要なのではないかとする多くの疫学研究結果が報告されるようになってきました(疫学研究でみる野菜・果物摂取と健康の関係:果物摂取と健康との関係「骨の健康」も参照)。果物にはビタミンC やマグネシウム、カリウムなどのミネラルが豊富に含まれるため、丈夫な骨の維持に重要と考えられていますが、それ以外にも近年ではカンキツ類に豊富なβ-クリプトキサンチンやフラボノイドの骨代謝に及ぼす影響が明らかになっています。、一酸化窒素などの産生抑制や消去(活性酸素について)、発がん抑制遺伝子の活性化などの面から研究が進められています。
- d.β-クリプトキサンチンの不思議
- β-クリプトキサンチンには不思議なことがいくつかあります。日本人には血中β-クリプトキサンチンレベルの高い人が多いこと、日本の妊婦さんの母乳中β-クリプトキサンチンは世界各国と比較して圧倒的に高濃度なことです。その理由の一つはウンシュウミカンにあります。ウンシュウミカンといえばβ-クリプトキサンチン、β-クリプトキサンチンといえばウンシュウミカンといって良いほど両者は切っても切れない関係にあります。β-クリプトキサンチンを十分含んでおり、しかも日頃日本人が手にすることの多い食品といえば、ウンシュウミカンが最右翼です。ほかにはカキ、ビワ、赤ピーマン、パパイヤなどが高含有ですが、ウンシュウミカンほどポピュラーな食品ではありません。もう一つ不思議なことはβ-クリプトキサンチンの摂取量が少ないわりにその血中濃度が高いことです。たとえば、オーストラリアの研究グループが報告したものでは、β-クリプトキサンチンの1日あたりの摂取量は0.2mgとβ-カロテン、リコピンなどの10分の1ですが、血中濃度にはほとんど差がありませんでした。すなわち、β-クリプトキサンチンは吸収されやすいようです。このことも日本人のβ-クリプトキサンチン血中濃度が高い理由の一つです。
- e.カンキツによる循環器系疾患の予防作用
- 循環器系疾患の多くは、アテローム性動脈硬化が原因となります。アテロームとは動脈血管壁の内部にたまった脂肪の塊で、アテローム部分は動脈が固く狭くなっており非常に脆くなっています。この部分が壊れ、アテロームが血液に流れ出すと血液が凝固し血栓となります。心筋梗塞や脳梗塞の多くは、アテローム性動脈硬化がもとで生じた血栓による梗塞が原因となっています。
- f.ノビレチンと美容
- ノビレチンなどポリメトキシフラボノイドに様々なメカニズムに基づくがん予防機能が期待されることを別途紹介しています。ノビレチンなどはそれ以外にも美容への貢献も期待できる機能がいくつか報告されています。
- g.β-クリプトキサンチンの供給源
- β-クリプトキサン(β-CRP)はヒト体内に見出される主要カロテノイド6種類のひとつです。このカロテノイドはβ-カロテン、リコペンなどとは異なり、生理機能に着目した研究はこれまでほとんど行われていませんでした。しかし、我が国を代表する果実であるウンシュウミカンがβ-クリプトキサンチンの最も重要な供給源であることから、果樹研究所などのグループにより生理機能の解明が進められてきました。その結果、現在ではがんや骨粗鬆症の予防など優れた生理機能を示唆する知見が得られています。
- h.イチゴのビタミンC高含有品種の育成
- イチゴはビタミンC が豊富な果物(農学・栽培学上は「野菜」)です。しかも、通常、生で食べられるため、調理によるビタミンCの損失が少ないという利点があり、その供給源として重要とされています。
- i.食物繊維の健康機能性
- 食物繊維摂取と生活習慣病予防の関連性については、研究対象とする集団や病気は様々ですが、これまでに疫学研究や介入研究といったヒトレベルの研究で数多く報告されてきており、さらに、それらをまとめたメタ分析がなされています。
- j.葉酸
- 葉酸は、ビタミンB群の一つであり、抗貧血性因子としてホウレンソウから見出されました。緑黄色野菜、海藻類、レバー、果実類に多く含まれています。果実類ではイチゴ(90μg/100g)やマンゴー(84μg/100g)、クリ(74μg/100g)、オウトウ(38μg/100g)、スモモ(37μg/100g)、キウイフルーツ(36μg/100g)、干しガキ(35μg/100g)などに多く含まれています。また、カンキツ類でも100gあたり20〜30μg含まれており、摂取量を考慮するとカンキツ類も重要な供給源の一つであると考えられています。1976〜80年に実施された第2回全米健康栄養調査(NHANES II)で収集したデータの解析結果から、米国人が食事から摂取している葉酸の供給源としてもっとも重要なものは、オレンジジュースであり、全摂取量の約9.7%をオレンジジュースから摂取していることが示されています。またオレンジジュースは、葉酸の含量およびその安定性の点からも葉酸の供給源として優れていることが指摘されています。
- k.小さな脂肪細胞を作るカンキツ成分
- メタボリックシンドロームは脂肪細胞の肥大化が原因であるといわれています。しかし、小型の脂肪細胞は本症候群を予防改善することが知られており、肥大した脂肪細胞とは正反対の性質を持っています。このように脂肪細胞は本症候群の発症と予防・改善・治療の両面において重要な役割を果たしています。そこで、小さな脂肪細胞を増やせばこれらの病気が予防・改善されることが期待されます。実際、脂肪細胞分化を促進し小さな脂肪細胞を作り出す作用をもつ化合物が糖尿病や高脂血症の治療薬として用いられています。
- l. ケルセチンの健康機能
- ケルセチンは野菜や果物に最も広く存在するフラボノイドであり、タマネギの黄色色素としてよく知られています。わが国におけるケルセチンの主要な供給源はタマネギ(特に外皮に多い)ですが、そのほか、リンゴ、サニーレタス、ブロッコリー、モロヘイヤなどからも比較的多く摂取されています。
- m. 三ヶ日町研究
- 国内主要果実であるウンシュウミカン(以下ミカン)にはビタミン、ミネラル、食物繊維等の重要な栄養素以外にも、近年その生理機能が注目されているフラボノイドやカロテノイド等の機能性成分が豊富に含有されています。近年の欧米を中心とする栄養疫学研究から、果物の摂取は野菜と同じくらいにがんや心臓病などの生活習慣病の予防に有効であることが明らかにされてきました。しかしながら日本人を対象とした栄養疫学的なエビデンスはまだ少ないのが現状です。果樹研究所ではミカンの健康効果をヒトレベルでより詳細に検討するため、国内有数のミカン産地住民を対象にした栄養疫学調査(三ヶ日町研究)を平成15年度から開始しています。
- n. 果実類の抗酸化機能とORAC法による評価
- 酸素呼吸を行う生物の体内では呼吸反応に伴い、スーパーオキシドアニオンラジカル(O2-・)、過酸化水素(H2O2)、一重項酸素(1O2)、ヒドロキシルラジカル(・OH)といった活性酸素種が常時発生しています。これらは、生体の維持に必要なものですが、余剰のものが脂質、タンパク、核酸などの生体分子に損傷を与えることもあります。生体にはカタラーゼやスーパーオキシドディスムターゼ等の抗酸化酵素と呼ばれる酵素が存在し、活性酸素の無害化を行っています。しかしながら、何らの要因でこれらの酵素系により活性酸素を処理しきれない場合には、がんや動脈硬化などの疾病や老化の原因にもつながると考えられ、食事から摂取するラジカル消去能を持つ抗酸化物質が健康の維持に重要な役割をはたしていると考えられています。