野菜・果物の健康維持機能に関する研究動向
4. 野菜に含まれる個別成分の機能性に関する研究調査
h. 野菜成分機能研究に関するトピックス
野菜個別成分の中枢作用に関する研究の動向
中枢機能に関わる研究の動向について調査した結果は図9に示してあります。最も研究論文数の多いものはカロテノイドで総数2982報、そのうち記憶・学習に関連したものは104報でした。次いで、サポニン、ゲニステインそしてモリン、アルファリノレン酸、レシチンの順に報告が多くみられました。
以前、レタスの不眠症改善効果がテレビで紹介され、一時的にラクチュコピクリンが注目されたことがあります。当時はラクッコピコリンという誤った名称が使用されましたが、報道そのものも捏造に近い内容であることが明らかにされています。実際に本調査でもこのレタス成分(lactucopicrin)について検索したが、動物レベルにおける中枢抑制における研究論文は極めて少ない状況でした。
ところで、催眠作用は鎮静作用・抗不安作用と緊密な関係にあり、これらの機能に中枢のGABAA受容体が重要な役割を果たしていることは良く知られています。実験動物を用いた研究で、野菜個別成分とGABAA受容体について報告しているものは多々ありますが中でも、サポニンはそういった報告が比較的多く見受けられます。ここでは中枢神経系への影響を調べた特徴的な野菜個別成分について紹介します。
図9
拡大図
アホエン(ajoene)
アホエンはニンニクに含まれる化合物の1つで、スペイン語で「にんにく」を意味する【アホ(ajo)】に由来します。ニンニクの成分としてよく知られているアリシンが変化したもので、ニンニクを低温で熱することにより生成されます。このアホエンには、動脈硬化や脳梗塞、心筋梗塞などの予防や、免疫力の増加に役立つ効果があるといわれていますが、実際に血小板活性に対して一過性ではあるが強力な抑制的効果を持ち(血小板凝集抑制作用)、その血小板塞栓形成へのアホエンの抑制効果は、フィブリノゲン結合の抑制によるものであることが報告されています。また、塞栓症の発生要因となる血管収縮や動脈硬化に対し、アホエンは、膜の過分極を引き起こし、強力な血管拡張作用を示すことや、酸化ストレスを抑制することにより塞栓症の発生を防止する可能性が報告されており、さらに、近年では、神経細胞の中で記憶の形成に関係する神経伝達物質のアセチルコリンを分解するアセチルコリンエステラーゼの働きを抑える作用が報告されています 。 これらの研究成果から、アホエンには、血流改善や血栓形成を予防する効果があり、循環器系の病気の予防効果を示すとともに、脳の機能を活性化させ、認知症予防や記憶力向上効果を示す可能性が期待されます。
クルクミン(crucumin)
ウコンの主成分である「クルクミン」にアルツハイマー病の治療、予防効果があるのではないかという報告が多くみられます。 アルツハイマー病のモデル動物であるTg2576マウスを用いた実験では、10ヶ月齢から6ヶ月間、クルクミンを160 ppm含む飼料で飼育したところ、アルツハイマーの原因となるβアミロイド沈着(老人班面積及びβタンパク量)が、対照動物の40〜50%減少することが明らかにされています。 同じくTg2576マウスで、17ヶ月齢から22ヶ月齢までクルクミンを500 ppm含む飼料で飼育したところ、βアミロイド沈着が、対照動物と比較して85%減少したと報告されています。 また、「クルクミン」には抗酸化作用による保護効果の報告もあり、亜ヒ酸ナトリウム(20mg/kg)を28日間経口投与した雌性Wistarラットに、同時にクルクミン(100mg/kg)を摂取させると、ヒ素による神経毒性(線条体ドーパミン受容体結合性低下、チロシン水酸化酵素の減少)が軽減され、ヒ素レベルと酸化ストレスが低下していました。一方、 雄性SDラットにクルクミン(50, 100mg/kg)を7日間経口投与した後、アクリロニトリル(50mg/kg)を腹腔内に投与したところ、脳及び肝臓において、アクリロニトリルによって引き起こされた酸化ストレスが抑制されています。さらに、糖尿病による記憶障害に関する報告もあり、ストレプトゾトシン誘発性糖尿病ラットにおいてクルクミンには、脳血流量、受容体遺伝子発現、海馬及び大脳皮質におけるアセチルコリンエステラーゼ活性、そして記憶障害に対する改善効果のあることが示唆されています。クルクミンには直接記憶を高める効果は認められていませんが、クルクミンの化学構造を少しだけ変えた化合物に神経保護作用と記憶を高める作用が報告されていることからも今後の研究に期待されます。
サポニン(Saponin)
マウスを用いて、心理的ストレス誘発性の脳脂質過酸化促進に対するベトナムニンジン(VG)・サポニン(15-25mg/kg)の効果を調べた結果、これらの前処置が、脳の脂質過酸化を抑制し、これらの抑制作用がベンゾジアゼピン受容体拮抗薬のフルマゼニルとGABAA受容体遮断薬のプレグネノロン硫酸塩によって拮抗されたことから、このサポニンの作用にGABAA受容体が関係していることが示唆されています。
一方、別のグループ15)は、選択的なκオピオイド受容体アゴニストであるU50(40mg/kg,)による鎮痛作用がサポニンGTS(100と200mg/kg,)もしくはジアゼパム(0.1-1mg/kg)により減ずることを観察し、この減弱効果が、ベンゾジアゼピン受容体拮抗薬のフルマゼニルとGABAA受容体の塩素イオンチャネル遮断薬であるピクロトキシンによって拮抗されることを観察しています。これらの結果から、GTSはU50の鎮痛効果を減らし、その鎮痛作用に対する耐性を抑制することが考えられますが、同時にこの作用にはベンゾジアゼピン受容体・GABAA-gated塩素イオンチャネルが関与していることを予想させます。 このようにニンジンサポニンは直接的ではないにせよGABAA受容体にアゴニスト的な影響を及ぼすことが考えられ、何らかの鎮静効果(催眠効果)発現に関係する可能性も推察されますが、その証明や応用にはヒトも含めて更なる検討が必要です。